「オリンピック後に住宅価格は下がる」は本当か?ファクトから考える|TERASS 江口

いよいよ始まった東京オリンピック。無観客試合となってしまい残念ですが、いざ始まってみれば連日のメダルニュースに目頭が熱くなる日々を私は過ごしています。スポーツの祭典として、またコロナ禍の中での開催についてなど様々な話題・関心が尽きませんが、住宅業界に身を置く私の周辺では「オリンピックが終わったら住宅価格落ちるから、まだかまだかと待ってるんです!」というお話も頻繁に聞くようになりました。

なぜそう思うのかを聞いてみると、
「東京オリンピックへの期待で価格が上がってきたから、それが終わると機運が下がって価格も下がり、買い時になる」という回答が大変多いです。これには、住宅業界の市場を数字と現場で日々見ている私としては、少し違和感があります。たしかにお祭りが終われば寂しくもなりますし、いま住宅価格は異様な高騰を見せていますが、本当にオリンピック後に買い時はやってくるのでしょうか?

いくつかのファクトを集めてこの真偽を確かめてみましょう。
※全国的な要因を取り出しながらも、実際の価格推移などは主に首都圏のものを参照していきます

現在、住宅価格はさらに高騰中

ここ数年の中でも、コロナ禍以降の2020年から2021年かけての不動産価格の高騰は目をみはるものがあります。

都県地域別 中古マンションの成約㎡単価

出典/季報 Market Watch サマリーレポート 2021 年 4~6 月期、東日本不動産流通機構

2020年4月に最初となるコロナ禍による緊急事態宣言が発令され、その直後となる2020年Ⅱ期(4-7月)のみ不動産価格(中古マンションの成約㎡単価)の一時的な下落が見られたものの、その後はおおよそ上昇の一辺倒。東京都区部については直近昨対期で14%上昇しています。

注目すべきは、オリンピックの開催延期が発表され、開催自体の雲行きが怪しくなっていた2020年4月以降もむしろ住宅価格が上がり続けている、ということです。

今の価格高騰はオリンピックによるものではない

ここで見ていただきたいのが、下の中古物件の在庫数のグラフです。

中古物件の在庫数

中古物件の在庫数(現在売りに出されている物件数)は緊急事態宣言後過去10年で最低レベルにまで激減しています。これは、テレワークやおうち時間消費の機運の高まりによって住宅需要が増したことと、一方で経済不安や家に知らない人を入れたくないというコロナ禍特有の理由によるものです(特に売却は購入と比べて売主が高齢であることが多いため)。

その一方で、家で過ごす時間が増え、より広い家、心地よい家、テレワークがしやすい家を求めて「住み替えの需要が増した結果、需給バランスが崩れ価格が高騰している」というのが今の高値の実態です。実際に今、仲介の現場では「物件がない。買いたい人はたくさんいるのに…」という嘆きを毎日のように耳にしています。

オリンピック開催の住宅価格への影響はすでに終わっている

ここ1年の価格上昇の背景がわかったところで、価格高騰の変遷をもう少し長期で見てみましょう。

長期の価格推移グラフ

出典/東日本不動産流通機構 月例マーケットウォッチよりTERASSが作成

まずグラフ左端を見たときに、上がりはじめているのは2012年の後半。これは、12月に第二次安倍内閣が発足し、いわゆる「アベノミクス」がスタートした頃です。その後、2013年から2018年頃にかけて、ゆるやかに価格が上昇しています。ここで注目したいのが、2013年9月の東京オリンピックが決定した際には、特に価格の大きな変動がなかった点です。このことからも、「オリンピックへの期待」というよりも、施工費の高騰やアベノミクスなど別の要因で上昇していった、と考えるのが妥当でしょう。

また、その「施工費の高騰」に関しても職人の高齢化など根本的な原因はまだ残っていますが、「五輪関連施設特需による施工費高騰」に関しては、2020年を過ぎた今となっては関連がないものとみてよいでしょう。そのため、「オリンピックが終わったら価格が落ちる」とする根拠はこの観点では見当らず、あるとするならばコロナ禍が落ち着き、家への関心が薄れた場合に下落するものと考えるのが妥当です。

ちなみに、五輪への期待ののちコロナ禍により価格が下落したものも一部あります。民泊運用目的で所有している物件や、駐在外国人をターゲットにした物件(ホテル・サービスアパートメントなど)は賃料・価格の下落は見られており、当社と取引のある六本木のサービスアパートメントにおいても、通常時の半額ほどで貸し出されているなど、一部の種別の住宅では価格の下落が起きています。
ただしこれらはホテルの料金推移と連動性が高い領域で、インバウンド消費はそもそも投資用物件と密接に関わっておりグローバルの富裕層にとって所有及び投資対象となる都心の超高額物件には影響するものの、一般居住用の住宅価格にはほとんど関係のない話とみてよいでしょう。参考/総務省 消費者物価指数(CPI)を基にGD Freak!が作成したグラフ

過去のオリンピック開催都市の傾向

近年の住宅価格高騰の背景をひもといたあとは、過去のオリンピック開催都市のその後の不動産価格の傾向について確認します。

直近6つの夏季オリンピックといえば、リオ(2016)・ロンドン(2012)・北京(2008)・アテネ(2004)・シドニー(2000)・アトランタ(1996)ですね。

五輪後の住宅価格

【 緊急リポート 】不動産市場は転換点にあるのか?、2018年みずほ総合研究所

上記レポートでは、4つのオリンピックにおいては不動産価格の下落はオリンピック後見られていない、むしろ上昇していることがわかります。北京の結果がこのグラフにはありませんが、中国は強い経済成長を後ろ盾に、言わずもがな不動産価格も上昇しています。

ブラジル(リオ五輪)だけは開催前後から下落している

最後にリオ(ブラジル)ですが、実はブラジルのみがここ24年間でオリンピック開催の2016年頃から不動産価格が顕著に下がっています。

ブラジルの住宅価格指数

出典/BANK FOR INTERNATIONAL SETTLEMENTS

住宅価格の下落要因となるブラジル経済がオリンピック後に悪化したのには明確な要因があります。

1つめは政治的不安。2014年当時にブラジル史上初の女性となるルセフ大統領が汚職・不正会計問題で弾劾(クビ)となり、またそれがオリンピック開催直前でおこり開会式を欠席するという混乱を招きました。政治的混乱は通貨安・治安悪化も招き、経済成長に影響していきました。

2つめは2014年サッカーワールドカップ・そして2016年オリンピックと、世界的なビッグイベントが2年ごとに開催をされ、それに伴う急激なインフラ投資によるバブル景気が起こっていたこと。弾けたからこそバブルと呼べますが、当時はまさに南半球の発展の象徴とされていました。しかし、急激なインフラ投資による政府財政の悪化により治安維持や公共施設の維持にも問題が生まれ(リオ五輪中の治安問題を覚えている方も多いでしょう)、それに対応すべき取った政策金利の値上げが元々低成長であった経済にストップをかけ、不動産価格の低下に繋がりました。

こう聞くと、1や2のような日本でも将来起きうるのでは?と不安になってきますね。
しかしながらブラジルに対して2倍以上のGDPを持ち、インフラも整っており治安がよいことで有名な日本においてはブラジルほどの政治的混乱や治安の悪化は起こりにくいでしょう。また、金利の利上げについては後ほど詳しく述べますが経済に大きなダメージを与えるほどの利上げをしてくる可能性は低いため、日本もブラジルと同じように下落するとは考えにくいでしょう。

まとめると、五輪後は不動産価格は下がるという説の裏付けは歴史上にも無く、むしろ上がる傾向にあります。「オリンピック後は価格が下がって買い時になる」は歴史的に見ても誤りだと考えてよいでしょう。

では、価格下落があるとしたらいつか?

金利上昇は価格下落の要因の一つだが、買う人にとってもバッドニュース

フラット35金利動向

出典/住宅金融支援機構「フラット35借入金利の推移」より、TERASSが作成

価格変動に大きなインパクトを与え得るもの。それは「金利上昇」です。昨今の不動産価格の高騰は、超低金利状態に支えられている部分が大きいため、金利が上がれば物件価格は下がっていく可能性が高いです。

まず住宅需要ローンは変動と固定の2種類あり、変動金利は政策金利に、固定金利は10年もの国債との金利の連動性が高いです。(実際に金利を決めるのは銀行ですが、銀行が参考にしている値として)。
最初に10年もの日本国債は2021年に入ってから利回り上昇が起き、そして4月程度から下落がおき、ほぼ現状維持となっています。これは米国がコロナ経済の落ちつきも踏まえた米国債の利回り上昇につられている影響が大きいです。しかし一方で経済成長と比較して2000年代の利回りに戻ることは考えづらく、下げ止まった低金利の中で細かく上下する程度にとどまるでしょう。
変動金利は日銀の政策金利(日銀が銀行に貸し出す金利)と連動しますが、こちらは2013年4月に0%となって以来、2021年の現状はマイナス金利として低金利が続いています。政策金利の利上げは経済の過熱抑制要素が強いですが、日本のデフレ・財政赤字が続く昨今、この政策金利を上げることは考えにくく、この政策方針は維持される見立てが強いです。

つまり、今後しばらくはまだ、大幅な金利上昇はないため、その影響による物件価格の下落は考えにくいでしょう。
とはいえ、家を買いたい方にとって「金利上昇」はほかでもないバッドニュース。支払う利息が増えてしまう分、予算も下げざるを得なくなります。近々買う予定があり、資金計画もたてられる方は今の低金利のうちによい物件を見つけておくことをおすすめします。

日経平均株価の下落はひとつのきっかけになり得る

日経平均と都心3区中古マンション

出典/「東京」の不動産だけなぜか急騰している事情、東洋経済

もうひとつ、価格下落のきっかけとなり得るのが、日経平均株価の大幅な下落です。

特に、上記のグラフのように都心の高額マンションほど日経平均株価との連動性が高いと言われており、それをきっかけに下落が始まっていく可能性があります。
株価下落によってまず都心のマンション価格が下落傾向に向かい、首都圏の不動産価格をリードするのが都心部マンションのため、そこが下落するとなると少し遅れて東京都内、続いて神奈川、埼玉、千葉と首都圏のおいて「の」の字を描くように不動産価格のトレンドの変化が生まれる可能性があるでしょう。

都心部はスピーディーに住宅価格に反映されていくため、日経平均が大きくニュースになるほどの下落が続いた場合には、そこを買い時として物件の情報収集をはじめてみるのもよいでしょう。売出しから2〜3ヶ月経つと、そのときの市場を見て価格を下げる可能性があります。そこが狙い目です。反対に都外の物件に関しては都市部の下落が価格に反映されるのに時間がかかるため、都外で検討されている方は日経平均はあまり意識せず、条件に合う物件が出たら購入するほうが満足度が上がる可能性が高いです。

ウッドショックの影響は?

最後にもう一つ、オリンピックとは別ですが、昨今住宅市場を賑わせているウッドショックにも触れておきます。

ウッドショックとはその名の通り木材価格の高騰にて、以下の2要因によって2020年頭から発生しました。

  • 好調な米国・中国の住宅・リフォーム需要による木材需要の高まり
  • コロナ禍+ECの普及によるコンテナ海運流通のひっ迫

木材の先物価格

木材先物価格

これについては、まだ数年前と比較すると高い水準にあるものの、上記の先物価格を見る通り現在はほとんど改善されているのが実態です。アメリカでは高すぎる木材費からリフォーム需要に陰りをみせ、また先行して感染対策が進み、経済の回復よって巣ごもり消費に落ち着きが出てきており、次第に価格は下がっていくでしょう。

木材の輸入依存率が5割弱と高い日本においては、ウッドショックによる工期の遅れや、住宅価格・リフォーム末端価格の上昇はすでに起きていますが、住宅市場への影響はというと、マンション市場には大きくは関係していません。一方、郊外の新築戸建中心のエリアは、新築戸建の価格高につられ、中古戸建・マンションの値上がりにつながる影響が考えられます。マンションほどではないですが、戸建の価格上昇も起こっている状況ですので、マーケットの上昇分で木材価格の値上がりをうまく吸収してく形になるのではないでしょうか。

戸建てにおいても、まだまだ価格上昇局面にある、と考えると、価格が落ち着くときを待つよりは早めに動いたほうがよいかもしれません。

まとめ

  • そもそも昨今の不動産価格の上昇は五輪ではなくコロナ禍が要因
  • そのため、「五輪後に価格が下がって買い時が来る」は間違い
  • 価格が下がる要因は、日経平均の下落など大幅な景気の悪化以外の要因は見当たらない
  • よって、マンション価格が大幅下落するとする根拠はほとんどない状況
  • 一方ウッドショックはだいぶ落ち着いたものの、戸建高騰への影響はまだ起こり得る

まず、「オリンピック後は不動産価格が下がって買い時になるから待っていよう」、という方へは「下がる根拠がほとんど見当たらない」こと、そして「むしろさらに上がる可能性のほうが高い」ということをお伝えしたいです。

もちろん、データソースは一つのみならず、複数から取得し、自分の頭で考えることが正解です。ぜひ住宅購入・売却をご検討のかたは常に市場ニュースを把握し、また複数の有識者からの意見に耳を傾けてみてください。

当社が運営しているAgentlyは、無料でプロの不動産エージェントたち複数に家探しの相談が行えるサービスです。市場動向や気になるエリア・マンションの将来的な価値について、ぜひ聞いてみてください。